うかつに外出することができなくなっている今日この頃、「私もいつ発症しても仕方がない環境に居るな」と常々思っている。そのため、どうしても自身が最悪のケースになった場合のことも、当然ながら頭を過ぎる。
どうなっても良いように少しずつ断捨離を始めてみたり、持ち物は最小限で構わないやと感じたり。その延長で、「齢50にもなるし、保険ってどうなの? なんか、もう要らないんじゃない?高額医療費の請求で、大分助かるんじゃないの?」と思えてきた。
夫には加入していて貰いたい。でも私はもうどうでもいい。今週はずっとそれを考えていた。…あれ?コレって終活?
保険は若い頃から「この先の人生には必須!」という考えだったため、今回このような発想が出たことに自分自身で驚いてしまった。しかし人生の積み重ねにより、年齢と共に必要・不必要なものって出て来るものなんだなぁ。
結果、私は田舎の両親を見送るまで元気を保たねばならないから、一応保険にはこのまま加入しておくべきだという結論に至った。しかし今のまま子供のいない状態で肩書が次女や三女だったら、解約に前向きになっていたかどうか分からない。
コロナ禍で弱気になっているわけでもなく、投げやりになっているわけでもないのだが、実はこの年になったらふと向こうの世界に近い物を感じて来たのだ。
それは以前、母方の叔父が言っていた言葉と同じだった。何かを質問した時の返答が、そのような事柄だったのをよく記憶している。あーこの感覚なのかァと把握できた。
保険の見直しをしたのは40になる手前。50手前で、こんな考えが過ぎるとは思わなんだ。しかし必要なら見直しくらいはした方が良いだろう。今は入院1泊目から保険がおりる時代だから。
…そんな事あれこれ考えていたら(かどうかは知らないが)、右足の付け根に痛みが走ったので整形外科へ行くことに(;´Д`) だんだんボロになってきたのかなぁアタシも…。
しかしこの先もし親が介護を必要とした場合、「足が痛いから動けず介護できません」となったら困る。早く完治させねばと思う週末だった。
次の週末には旬の「生落花生」を茹でて、冷凍便で実家へ送る予定だ。
ほんの一瞬しか出回らない、貴重な甘みと食感はクセになる。もしスーパーで見かけたら、ぜひ一度お試しあれ。